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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和33年(モ)106号 判決

債権者 草加与兵衛

債務者 大畠秋雄

主文

債権者と債務者間の、当庁昭和三三年(ヨ)第三〇号不動産仮処分申請事件につき、当裁判所が、同年六月九日発した仮処分決定は、これを認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は、主文と同旨の判決を求め、その申請の理由として述べるところを要約すると、「債権者は、別紙第一目録記載の山林、ならびに、第二〈省略〉及び第三〈省略〉目録記載の立木を所有するものであるところ、債務者は、右立木を伐採処分し得るなんらの権原がないのに、これまた無権原の後藤真一郎及び谷向英吉と共謀して、右立木の伐採に着手し、既に立木数百本を伐採したので、債権者は債務者に対し右伐採禁止等の本訴を提起すべく準備中である(後藤に対しては既に本訴提起中)が、右のような不法伐採行為を継続されると本案訴訟において勝訴の判決を受けてもその目的を達することができず、回復し難い損害を蒙るおそれがあるから、債務者及び後藤の別紙第一目録記載の山林内への立入り、及び、右山林内に在る伐採木の搬出、ならびに、右山林内に生立する別紙第二及び第三目録記載の立木の伐採を禁止するとともに、右各物件についての債務者の占有解除、執行吏保管の仮処分を求める必要があるため、当裁判所に右趣旨の仮処分を申請し、主文掲記の仮処分決定を受けたものであるから、右仮処分は認可さるべきものである。なお、債務者の特別事情による仮処分取消の主張は理由がない。又債務者の本件異議及び特別事情による取消申立は、いずれも権利の濫用である。」というにある。

債務者代理人は、「本件仮処分を取消す。訴訟費用は債権者の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、その理由として、

「一、債務者は木材業者であるが、昭和三二年一二月二九日、後藤真一郎から別紙第一目録記載の山林内の立木約八、〇〇〇石を、同三三年六月から同年一二月までの間に新宮市内筏けい留場において引渡しを受ける約束で買受けたものであつて、債務者自身右立木の伐採搬出に関係がないけれども、後藤及び債務者に対する本件仮処分により、後藤において右立木の伐採搬出を禁止された結果、債務者はその引渡しを受けることができないから、ここに、右山林の占有、ならびに、伐採搬出について債務者が無関係であることを理由として、債務者に対する本件仮処分の取消を求める。

二、仮に右異議が理由がないとしても、本件仮処分の被保全権利は金銭的補償を受けることによつて終局の目的を達することができるものであるから、民事訴訟法第七五九条によりいわゆる特別の事情あるものとして本件仮処分の取消を求める。」

と述べた。

理由

一、債権者が、その主張のような理由をもつて、債務者及び後藤真一郎の、別紙第一目録記載の山林への立入り、及び、右山林内に在る伐倒木の搬出、ならびに、右山林内に生立する別紙第二及び第三目録記載の立木の伐採を禁止するとともに、右各物件についての債務者及び後藤の占有解除、執行吏保管の仮処分を申請し、当裁判所において主文掲記の仮処分申請事件として昭和三三年六月九日右のような内容の仮処分決定をしたことは、当事者間に争いがない。

二、債務者は、昭和三二年一二月二九日、後藤から第一目録記載山林内の立木約八、〇〇〇石を、同三三年六月から同年一二月までの間に、新宮市内筏けい留場において引渡しを受ける約束で買受けたものであり、従つて、債務者自身は右立木の伐採搬出に関係がないけれども、本件仮処分により、後藤が右立木の伐採搬出を禁止された結果、債務者はその引渡を受けることができないから、債務者において右山林ならびに立木の占有、伐採搬出に無関係であることを理由として、債務者に対する本件仮処分の取消を求めると主張するので考えてみる。

およそ、仮処分債務者が仮処分に不服があるときは異議を申立てることができることは、民事訴訟法第七五六条、第七四四条に規定するところであつて、右法条には債務者及び異議事由についてなんらの制限を置いていないけれども、右異議を認めた理由から考えて、異議を申立て得る債務者とは、仮処分によつて直接自己の権利に制限ないし侵害を受けた者をいうと解すべきであつて、たとい仮処分決定に債務者と表示されていても、その仮処分によつて直接自己の権利に制限ないし侵害を受けない者-例えば、不動産を占有していない者を債務者として占有解除執行吏保管の仮処分をした場合における右債務者-を包含せず、従つてこの者は前記法条による異議を申立てることができないと解さねばならない。けだし、仮処分異議申立権者を債務者に限つているのは、仮処分が債権者債務者間にのみ効力を生じ、これ以外の第三者は仮処分自体によつてなんらの影響を受けることがなく、又仮処分によつて権利を害される者は、通常債務者に限るということによるものであるところ、仮処分によつて直接自己の権利を害されない債務者は、その仮処分が存在することによつてなんらの痛痒を感することのないことは第三者と異るところがなく、従つて、かかる債務者に異議申立権を認める必要がないからである。

これを本件についてみると、本件山林内への立入り本件立木の伐採搬出行為をし若しくは為さんとしていた者は後藤真一郎であつて債務者でなく、従つて、後藤は同人に対する本件仮処分によつて直接権利の行使を侵害されているといわねばならないけれども、債務者は本件仮処分によつて直接なんらの権利侵害を受けていないことは、債務者の主張自体によつて明かであるから債務者としては、後藤の提起する仮処分異議訴訟(後藤から右異議の申立がなされ当庁にけいぞくしていることは当裁判所に顕著である)に補助参加するは格別、債務者自身がなした本件仮処分異議はその利益を欠くものとして排斥されねばならないことは前説示の理由によつていうまでもない。

三、債務者は、更に、特別の事情が存することを理由として本件仮処分の取消を求めるところ、債務者に対する本件仮処分によつて、債務者が直接なんらの権利侵害を受けていないことは前示の通りであり、従つて、債務者には本件仮処分の取消を求めるなんらの利益がないことは明かなところであるから、特別事情の存否について判断するまでもなく、右取消の申立は失当であるといわねばならない。

四、以上述べた通り、債務者の本件仮処分異議ならびに特別事情による取消申立はいずれも理由がないから、本件仮処分は、その被保全権利及び保全の必要性の有無について判断するまでもなく認可するのが相当であると認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 下出義明)

第一目録

奈良県吉野郡十津川村大字出谷八拾参番地

一、山林 拾四町歩

右同所八拾四番地

一、山林 五町歩

右同所八拾六番地の参

一、山林 弐町五反歩

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